前橋地方裁判所 昭和23年(ワ)7号 判決
原告 高山照夫 外一名
被告 高山一郎 (いづれも仮名)
一、主 文
原告両名の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告両名の負担とする。
二、事 実
原告両名訴訟代理人は「被告は、原告高山照夫に対し金一万五千円を、原告高山花子に対し金一万円を各支拂うべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めると申し立て、その請求の原因として、原告花子は原告照夫の長女であるが、昭和二十年四月頃から当時婚姻予約中の被告一郎と情交関係を結び昭和二十一年二月二十四日頃までその関係を持続し、その間被告の子を懷姙して、同年八月十五日男子を分娩し、これに善三と命名した。これより先原告花子の懷姙を知るや原告両名は昭和二十年十二月頃直接に又は人を介して被告に右懷姙の事実を告げ婚姻の履行を懇請したが、被告は言を左右にしてこれに應じないばかりか一時所在を晦ましたりした。被告は昭和二十一年二月十一日午前中被告宅で高山宇三郎、高山玉次郎等の同席する席上で、原告両名に対し原告花子と結婚できない理由は「原告方が血統が惡いからだ」といつた。
右の血統が惡いというのは、原被告等の地方では癩病の系統を指称し、その祖先若しくは親族中に癩病患者の発生したことを意味するものであつて、名譽を毀損することは非常なものであり婚姻縁組に多大の影響を及ぼすものである。そこで原告照夫は昭和二十一年三月十一日北甘樂区裁判所檢事局に対し名譽毀損の告訴を提起した結果被告は同区裁判所で昭和二十一年六月中略式命令で罰金五十円に処せられたと仄聞するが、原告両名は右の如く被告より名譽を毀損され、精神上甚大な苦痛を被つたものである。原告家は畑一町歩余、山林二十町歩余、建物として木造板葺二階建住宅一棟建坪四十坪、木造板葺二階建物置一棟建坪十二坪五合、木造瓦葺平家建倉庫一棟建坪七坪五合等、村内中流以上の資産を有し、原告照夫は、中里村々会議員、同村農事実行組合理事、同村生産組合理事長、道路委員、納税組合長等の公職に就任しており、原告花子(大正十二年十二月二十八日生)は、高等小学校を卒業し、自宅にあつて裁縫等を稽古し嫁入の準備中にあるものである。これ等諸般の事情を斟酌し、原告等の右精神的苦痛は、被告より、原告照夫において金一万五千円、原告花子において、金一万円を得て僅かに慰藉されるものであるから、ここに被告に対し原告照夫は右金一万五千円を、原告花子は金一万円の支拂を求めるため本訴に及んだと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決 求め、答弁として、原告両名主張事実中原告花子が原告照夫の長女であること、原告花子と被告との間に情交関係があつたこと(但しその期間については爭う)、原告花子が昭和二十一年八月十五日男子を分娩したこと、原告両名から被告に対し原告花子と婚姻して貰いたいとの懇請があり、被告がこれを断つたこと、被告が同年二月中原告照夫から原告花子と結婚できない理由を問われて、「原告家の血統が惡いから」といつたこと、被告が同年六月中北甘樂区裁判所において処罰(侮辱罪により科料十円)されたこと、被告方の財産状態が原告等主張の如くであることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。被告は原告花子と昭和二十年十一月中旬三回ほど情交関係を結んだが、右は当時十七歳の年少無垢の被告が二十二歳の原告花子に誘惑されたためである。被告が前述の如く「原告家の血統が惡いから」といつたのは、原告照夫から原告花子との婚姻を強要され、これを拒絶したところ、原告照夫からその理由を強く追及されたためであつて、原告照夫の強制によつて被告はやむなく一度これをいわしめられたもので、被告から好んでこれをいつたものではない。なお被告がこれをいつたのは、被告方の中座敷の炬燵で原告両名及び原告側の世話人高山宇三郎、高山玉次郎、被告側の世話人高山繁三、高山近一、被告の母高山ハツ等数人の関係者参集の席上でいつたのであつて、多衆の面前で公然といつたものではない。しかも原告家の血統が惡いという風評は村内公知の事実であつて、殊更被告がこれを捏造していつたものではない。被告は右の所爲につき侮辱罪により科料十円の略式命令が確定しているけれども、被告は公然人を侮辱したものでもなく又原告両名を侮辱する意思は全然なかつたものであると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告花子が原告照夫の長女であること、原告花子と被告との間に情交関係があつたこと、原告両名から被告に対し原告花子と婚姻して貰いたいとの懇請があり、被告がこれを断つたこと、被告が昭和二十一年二月中原告照夫から原告花子と婚姻できない理由を問われて「原告家の血統が惡いから」といつたことは当事者間に爭がない。そこで被告が右「原告家の血統が惡いから」といつたことが原告両名の名譽を毀損し、原告においてこれが不法行爲の責を負うべきであるか否かについて審按するに、成立に爭ない甲第一号証の一、二、乙第三、四号証、同第六乃至第八号証の各一、二、証人高山宇三郎の証言及び原告高山花子本人尋問の結果を綜合すれば、原告花子と被告とは昭和十九年十二月頃から戀愛関係に陥り、昭和二十年八月二十日頃から同年十一月中旬頃までの間情交関係があつたが、その間原告花子は懷姙し、その事実を知つた原告照夫は昭和二十年十二月上旬頃からその妻若しくは照夫自身や世話人を介して原告花子を被告の嫁に貰つてくれるよう被告方に再三懇請して來たが、被告はその母高山ハツ(被告の父は昭和十三年に戰死)から原告花子との不始末を強く叱責され、且つ母ハツから原告家は癩病の血統であつて、もし原告花子と婚姻するにおいては、被告の子孫にその血統が傳わるべきことを聞かされるに及んで原告花子と婚姻する意思を飜すに至つた。しかし原告等からの再三の懇請にいたたまらなくなつた被告は、昭和二十年十二月二十五日無断家出し、一時埼玉縣秩父町に身を隠し、同町にあるセメント会社に勤めていたが、昭和二十一年二月初旬原告照夫等に捜し出されて連れ戻され、原告照夫方で原告照夫やその依頼を受けた世話人高山宇三郎、高山玉次郎から被告の眞意を確かめられたので、被告は原告花子と婚姻する意思のないことを告げたところ、激怒した原告照夫からひどく難詰されたが、被告方から高山近一、高山定二の迎いを受けてようやく帰宅した。ところが当日原告照夫は世話人高山宇三郎、高山玉次郎と共に原告花子を同伴して被告方を訪れ、原告花子を預けるといつて同女を置いて立ち去つた。原告花子は口をきかない被告方の家人の中にあつて、三日ほどを過した後、行方をくらましたが間もなく原告照夫等によつて見つけ出された。かくして被告は同月十一日午後一時頃被告方に参集した原告両名、原告方の世話人高山玉次郎、高山宇三郎、被告の母高山ハツ、被告方の世話人高山近一、高山定二、外二、三名の者の居る席上で、原告照夫から原告花子と婚姻できない理由を詰問され、右理由を聞かぬうちはここを一歩も退くことはできぬ旨を告げてつめよられたので、やむなく自己が原告花子との婚姻を忌避するに至つた主たる理由として、「原告家の血統が惡いから」と明言するに至つた。以上の事実を認めることができる。而して「原告家の血統が惡いから」と明言するに至つた経過、上叙の如くであり、相手方から婚姻できない理由を問われてその理由を打ち明くるは條理上これを責むべきものでないから、たとえその事実が原告等の名譽を毀損することがあつても、右は違法性を欠如し、不法行爲たることないものといわなければならない。從つて右名譽毀損を前提として被告に対し慰藉料の支拂を求める原告等の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、第九十三條、第九十五條を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 中島武雄)